永瀬正敏さん(俳優)は写真家でも超一流!情熱大陸まとめ

みなさんこんばんは、やじです。

今日は、『永瀬正敏』さんが出演された情熱大陸の回をまとめました!

俳優として、小泉今日子さんの元夫として、超有名な永瀬正敏さんですが、なんと、写真家としても6つの写真集を出版されているなど、超有名人なんですね!

お祖父さんが写真家だったらしく、写真を撮ることに運命を感じているというか、おじいちゃんと一緒に撮っているような感覚なんだそうですね。

番組の内容についてまとめてみましたので、どうぞ、ご覧くださいね!

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フランスのカンヌ映画祭のシーンからスタート

『第70回カンヌ国債映画祭』の会場に向かう途中、

「本当は、みんなで来れればいいんだけどね。映画は、みんなで作ってるからね。だけど、そうはいかないんだよね…」とおっしゃる永瀬正敏さん。

もう、俳優歴が35年になるそうですね。

この35年間、世界中の名だたる映画監督さんとお仕事をされてきたそうです。

こんなにすごい方なんですが、いつもひょうひょうとしています。

2015年『あん』

2016年『PATERSON』

2017年『光』

と、3年連続で、出演作品がカンヌ映画祭に正式出典されてりう俳優さんは、世界中でも永瀬正敏さん1人しかいらっしゃらないそうですね。

壇上のインタビューでは、「こんなに素晴らしい映画祭に何度も連れてきていただけて、本当にうれしいです」とお話しされていました。

その後のファンへのサイン会でも、一人一人に、誰に対しても丁寧な対応をされていましたね。

いつでも控えめというか、検挙ですね?というインタビュアーからの質問に、

「まだまだですよ」とご謙遜の様子でした。

「映画は難しい。作っただけではだめで、知ってもらえないと、劇場に来てもらえないから。」

大人になりましたか?

「まだまだじゃないですか、まだまだだめですね、僕なんか。」と終始控えめな永瀬正敏さん。

一緒にカンヌ国債映画祭に同行されていた藤竜也さんは、「カンヌに来るべきしてきた俳優だ」とおっしゃっていました。

今回は、永瀬正敏さんが主人公を演じられた「光」でカンヌ国際映画祭に呼ばれていました。

この物語は、視力を失い、盲目となってしまう写真家の方の物語で、永瀬さんご自身が「全身全霊をかけた作品だ」とおっしゃっていました。

この作品は、前作で共演した河瀬直美監督が、永瀬正敏さんをイメージして作り上げた映画だったようですね。

会場では、試写会後、10分間のスタンディングオベーションが続き、永瀬さんは見せたことがない位、感動の涙を流されていました。

ちなみに、この作品で使用したレトロなカッコいいカメラは、ローライフレックスという2眼のカメラだったみたいですね。

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写真家としての永瀬正敏さん

カンヌ国際映画祭の終了後に、カメラを片手にカンヌの街中に繰り出した永瀬さん。

デジカメではなく、フィルムカメラを持って、カンヌの街の人々を撮影されていました。

永瀬さんと一緒に同行している外個人の方が「チーズ」と大きな超えで声をかけると、町の方々も笑顔でポーズをとってくれていましたね。

実は永瀬さん、いつも、どこに行くときにもカメラを持って出かけられている、プロの写真家でもあるんですね。

今までに、

MEMORIES OF A

Memories of Mの記憶

Luxurious Bone

KANO

Mind’s Mirror

Between Time Changes

と6冊の写真集を世に送り出しています。

「もともと俳優なので撮られる側にいることが多い中で、写真家さんに出会って、もともと写真好きだけど、もっと好きになった」

「おじいちゃんが写真をやっていたので、くわしくはなかったけど、写真が身近にありましたね」

永瀬さんのおじいちゃんは、永瀬宗則さんといって、写真館を営んでいたとのことです。

永瀬さんはおじいちゃん子だったそうですね。

つい10年前くらいに、実家の宮崎県で、おじいちゃんの遺品の中に、写真の研究ノートがあるのを発見されたそうです。

そこには、びっしりと写真についてのことが書いてあって、すごく好きだったことがわかったと仰っていました。

このノート、すごいんですよね。

「大正八年春記 写真 研究の要覧 永瀬宗徳蔵」

と書かれた手記というよりは本でしたね。

ここには、まだ大正8年で写真の技術が普及していなかった時代に、撮影から現像にいたるまでの詳細や注意事項が書いてありました。

特に永瀬さんが気に入っているのがこれ。

人物を移すのに必要な事

「自然的美」

~その人物の性格をよく表し、つまり、表情の温和なるを映すとするなり

「このおじいちゃんは天国に行って、写真を撮れなくなってしまったけど、今の僕(永瀬さん)を通して、また写真が撮れるようになったんだと、喜んでもらえてたらいいんですけどね。」

おじいちゃんと一緒に撮っているようなつもりでいる

と永瀬さんは仰っていました。

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永瀬さんの写真家としての仕事

カンヌ国際映画祭から帰ってきた永瀬さん、今度は、写真家としての仕事に取り掛かりました。

遠藤ミチロウさんの撮影

今回、撮りたいと思って声をかけていたのが、パンクロッカーの遠藤ミチロウさん。

永瀬さんは、「人の写真で勝負したい」とおっしゃっていました。

アーティストである遠藤ミチロウさんの持つ目ヂカラをうまく写真に表現したかったようですね。

最後に、遠藤さんの後姿を撮った永瀬さん。

叫び続けた男の背中を撮ったとのことでした。

視覚に障害を持つ田中正子さんのポートレートを撮りに

その後、永瀬さんが向かったの、映画「光」で目が見えなくなる役を演じた際に、役作りに付いてアドバイスしてもらった視覚に障害を持つ「田中正子さん」の元でした。

永瀬さんの個展開催に向けて、田中さんのポートレートを撮りたいとお願いされたそうです。

永瀬さんが、「ものの感じ方が大切」ということを、田中さんから教わったそうです。

「表情の温和なるを映すとする」という、おじいちゃんの言葉を思い出しながら、田中さんのキレイな顔、温和なる表情を求めて、何枚も何枚も写真を撮られていました。

田中さんは、とても和ら無い表情をされていて、キレイな方なのですが、それが写真に表現されていて、本当にびっくりしました。

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お墓参りのシーン

2017年の3月に永瀬さんはおばさんをなくされています。

とても忙しいスケジュールを縫って、千葉県の柏市にあるお墓に行かれていましたね。

このおばさんは、幼少の時、お母さんが病気になったときに一時期母親代わりをしてくれたり、15の時に映画のオーディションの背中を後押ししてくれた、とてもお世話になった人なんだそうですね。

当時、永瀬さんのお父さんは、永瀬さんが芸能人になることに猛反対だったそうです。

その時に、このおばさんが協力したり、応援してくれていたんですね。

お父さんから半分勘当されたけど、青春の思い出に1本だけという約束で、許してもらったそうですね。

ご自身で、「(一本だけって言ったのに)今も続けているから、大ウソつきですね」とお話しされていました。

でも最近は、おとうさんも大分歳をとってきて、わかってくれるようになってきたそうです。

永瀬さんが30代、40代の時には、まだなかなか認めてくれなかったそうですね。

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最も尊敬する人の撮影

天才写真家のアラーキーこと荒木経惟(あらきのぶよし)さんの写真を撮るということで、その日の永瀬さんは緊張していたようでした。

このアラーキーさんから、永瀬さんは写真に関するたくさんのことを学ばれたそうですね。

「この新木さんに、成長したところを見せたい」という意気込みで臨んでおられました。

写真家の写真を撮るっていうのは、やはり緊張するみたいですね。

アラーキーさんの写真の撮影中、永瀬さんがアラーキーさんを撮影されているのに、終始、アラーキーさんのペースで撮影が進みます。

撮影中、いきなりアラーキーさんから突然の告白が。

「片目を失明したんだよね」

盲目の写真家を演じた永瀬さんとしては、思うところがあったんでしょうね。

「たまらない」とおっしゃっていましたね。

途中から、アラーキーさんと永瀬さんの写真の撮りあいになっていましたね笑

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引き続きポートレートの撮影

ミュージシャンでボーカリストのチバユウスケさん、俳優でミュージシャンの中村達也さんなどのポートレート写真を撮っておられました。

最後は、犬を散歩する人の写真を撮っているところで放送は終わりました。

最後に、永瀬さんの口癖として「様々な出会いが、写真家としての自分をつくってくれる」が紹介されて、番組は終了しました。

やじまとめ

永瀬さんのとても謙虚な姿勢と、探究心の強いところが勉強になりました。

やじの祖父もカメラが大好きで、祖父母の家には、ニコンのカメラが眠っています。

やじもカメラを…

と思いますが、なかなかそうはいかないんですよね…。

永瀬さん、本当にかっこよかったです。

それでは、最後までお読みいただき。ありがとうございました!

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