升田志郎が創る数寄屋造りの坪単価がヤバい!数寄屋造りの動画も!【プロフェッショナル】

→番組終了後、更新しました!

みなさんこんにちは、やじです!

今日は、やじがいつも見逃さずに見ているプロフェッショナル仕事の流儀で特集される「数寄屋大工」の升田志郎さんについて調べました!

升田志郎さんは、ロックフェラーやジョンレノンの邸宅を手掛け大工の神様と呼ばれた中村外二さんに師事し、中村外二工務店で、大工一筋50年、その技に磨きをかけてきた生粋の数寄屋大工で、当代一と称されている方です。

その数寄屋大工さんが創る、数寄屋造りの家の値段が気になりませんか?

それに、数寄屋造りって何だろう?って思いますよね。

1 升田志郎さんの簡単なプロフィール

2 升田志郎さんの勤める中村外二工務店の坪単価がヤバい!?

3 数寄屋作りの紹介動画をご案内

4 やじまとめ

5 番組終了後

調べたことをシェアしますので、どうぞ、ご覧ください!

スポンサードリンク

1 升田志郎さんの簡単なプロフィール

出典:nhk.or.jp

升田志郎 ますだしろう

1951年生まれ 66歳

数寄屋大工

京都府出身

中村外二工務店 大工棟梁

中学卒業後に、大工の神様と呼ばれた中村外二棟梁に弟子入りし、数寄屋造りを学ばれています。

2014年に、厚生労働省の「現代の名工」を受賞されており、今までに手掛けた商品には、京都迎賓館主賓室座敷、小松市仙叟屋敷・玄庵、中里太郎衛門茶室等があるそうです。

京都迎賓館主賓室座敷

出典:cao.go.jp

小松市仙叟屋敷・玄庵

出典:fc2.com

まさに、日本の伝統を感じさせる建築技術ですね。

スポンサードリンク

2 升田志郎さんの勤める中村外二工務店の坪単価がヤバい!?

升田志郎さんは、中村外二工務店に勤務されていますから、その、中村外二工務店に数寄屋造りの建築を依頼するときの坪単価を調べてみました。

そしたら、ネット上にこんな記事がありました。

中村外二工務店は「高い」(坪単価700万円!)という評判ですが、いいものになるかどうかはお金ではない!

出典:plaza.rakuten.co.jp/

坪単価700万円!!

中村外二工務店の2代目、中村義明棟梁へのインタビュー記事でしたが、ハンパじゃないですね!

もちろん、絶対に坪単価700万円というわけではなく、もう少し予算に合わせた建築が可能なんでしょうけれども、それだけすごい技術力が要されるということなんですね。

その建物を買うというよりは、その空間を作ってもらうという感覚なんでしょうね。

ご紹介した和室も、超高級な格式高い雰囲気を醸し出していますからね。

ロックフェラーやジョンレノンといった層の方にしか、手が出ない世界ですね…。

じゃあ、数寄屋建築の家は、一般人には手が届かないのか?と言えばそうではありません。

中村外二工務店の超ハイレベルな数寄屋大工が創る数寄屋造りの値段が破格なだけで、一般的、おおきなこだわりを持たなければ、坪単価70万円くらいから、数寄屋住宅を建築できるみたいですね。

スポンサードリンク

3 数寄屋作りの紹介動画をご案内

これから家を建てる皆さん、数寄屋造りの住宅も良いかもしれませんね。

風情を感じますね。

数寄屋造りと言っても、なんとなく理解はできるのですが、実際にどんなかんじなのか?を知るための動画を見つけましたので、どうぞご覧くださいね。

玄関から、風情を感じる家ですね。玄関の大きな石が、とても素敵です。

こんな和室、やじも欲しかったですね…。

伝統的な日本の住宅と言った感じですね。今ではこういう家、あんまり見なくなりましたよね…。

これから家を建てる方は、こんな考え方も取り入れてみたらいかがでしょうか!

スポンサードリンク

4 やじまとめ

ということで、升田志郎さんの手掛けた作品や、升田志郎さんが勤める中村外二工務店の坪単価、数寄屋住宅の紹介動画についてご紹介してきました。

この建築技術は、間違いなくクールジャパンの一つで、日本が残したい、後世に伝えたい建築技術の一つですね。

いろいろ調べるなかで、こんなお話をみつけました。

数寄屋建築では、作った段階での完成度は、10%~50%なんだとか。一般の住宅は、作られた段階で100%の完成度ですよね。

数寄屋建築では、その後、使う人が使い込み、しっかりメンテナンスすることで、その完成度が100%に近づいていくそうですね。

従って、海外で数寄屋を作っても、なぜか、本物のようには見えないそうです。

まさに、わびさびの世界、日本の奥ゆかしさの世界の象徴のようなお話ですね。

それでは、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

スポンサードリンク

5 番組終了後

 「数寄屋建築は、建てて半分、育てて半分」

升田さんは、建て終わった家を訪問し、立て付けの悪くなった場所のメンテナンスなどをされていました。

自分たちがメンテナンスして、キレイに保とうとするから、施主さん達も興味を持って、家を育ててくれる。とても素晴らしい考えでした。
また、施主さん訪問の際に、玄関からは入らない。勝手口から入る。玄関から入る何て恐れ多いと仰っていました。先代から言われたことらしいですね。

升田さんは、とても苦労されてきた方なんですね。

生まれて10ヵ月でお父さんがお亡くなりになられて、升田さんご自身は、お父さんの顔を覚えていないそうですね。そして、中学2年生の時に、頼みの綱であったお母さんも他界。「これからは1人で生きて行け」と長兄に紹介されたのが中村外二工務店。ここで、中村外二さんが、「今日から俺を父親だと思え」と迎えてくださったそうです。
しかし、工務店で働き始めると、同級生が高校に通学する時間帯に、自分は大工道具を持って工務店に行く。道ばたで、同級生に会ったそうです。升田さんは、本当にかっこわるくて嫌で、自分の人生を呪ったとまでご紹介されていました。

その後必死で、中村外二工務店で働き、技術の習得をされていったのですが、やはり、あの升田さんにも遊びたい盛りの時期があったようで、毎晩飲み歩き、朝まで飲み明かす日が続きます。

そんな升田さんに、中村外二棟梁は、「もうやめろ。お前に仕事を任せられない」と。

「ここでしか生きる道がない」
それをよく理解していた升田さんは、これはまずいと心を入れ替えたそうです。

心を入れ替えて一生懸命仕事をすると、中村外二さんからの指導は、更に厳しいものになっていったと言います。升田さんの心の変化を感じ取ったのでしょうね。

そして、伊勢神宮の茶室を造る時に、屋根の担当を任されます。屋根は、無数の木からできていて、とても綿密な設計が要求される部分。それを作り終えた時に、中村外二さんから、「よいとおもいます」(正確な言葉ではありません)と褒めてもらったそうです。

升田志郎さんご自身も、結婚され、お子さんを授かったそうです。30歳ちょっとの時に、体調不良になり、「自分の子に、父親がいなかった自分と同じ境遇は味あわせたくない」と、とても不安になったとお話しされていました。
途中、お姉さんのお子さんの牛乳のお話で、感極まって、インタビューの場を離れてしまう場面がありました。

相当なご苦労、相当な辛い思いをされてきたと推察します。

最後に、こんな座右の銘をご紹介されていました。
「この道より 我を活かす道無し この道を行く」

今回のプロフェッショナル仕事の流儀は、やじの人生に大きな影響を与えました。
自分の祖父母もそうですが、昔の人は、相当なご苦労と、相当な辛い思いをされてきています。そして、同じ思いを、自分の子供や下のものにはさせたくないという気持ちで一生懸命に頑張られて、今の社会があります。

やはり、今自分が生きているということは、自分のご先祖様の頑張りはもちろんですが、日本を形作ってきた全ての人の苦労や努力のおかげなんだということを理解しました。

私は、自分の子供達に何ができるのか。後世に何を残せるのか。この日本のために、そして、この世界のために、何ができるのか。

残りの人生を、考え直そうと思いました。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

こちらの記事も一緒に読まれています