笠原群生医師の言葉に涙…移植を受けた子供のママの話が感動的【プロフェッショナル】

こんにちは、やじです!

今日は、プロフェッショナル仕事の流儀で密着される、小児移植を専門とされている医師の笠原群生(むれお)さんについて調べてみました。

プロフェッショナル仕事の流儀の予告CMを見ていたら、それだけでウルウル来てしまいました。

同時に、「がんばれ」って心の中で、自然と応援してしまいました。

1 笠原群生医師の経歴は?
2 笠原群生医師の専門である小児生体肝移植とは?
3 笠原群生医師の家族や子供は?
4 笠原群生医師の患者に対する言葉が感動的
5 やじまとめ
6 番組終了後

調べたことをまとめましたので、どうぞ、ご覧くださいね!

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1 笠原群生医師の経歴は?

出典:nhk.or.jp

笠原群生
からはらむれお
1966年2月10日生まれ
群馬大学医学部出身
臓器移植センター長

循環器系のお医者さんだったお父さんに憧れて、お父様の母校であった群馬大学医学部に入学されています。

最初から移植医療を志していた訳ではなく、4年生の時に「生体肝移植」が成功したというニュースを聞きたことから、移植医療を意識し始めたそうです。

「命の帆能が消えそうになっている患者さんが、移植をすることで再び元気になる、そんな夢のような医療を学んでみたい」

と思ったそうですね。

1992年に医師免許を取得し、群馬大学外科研修医、京都大学移植外科研修医を経て、1999年に移植外科助手として京都大学で臓器移植学を学ばれたそうです。

その後、

英国Kings College Hospital, Liver transplant unit, Clinical fellow

京都大学移植外科医長

国立成育医療研究センター移植外科医長

を歴任され、現在は同センターの臓器移植センター長に就任されています。

現在も、センター長として現場で活躍されており、同時に、様々な医療機関や国の小児臓器移植の技術的史恵を続けられています。

年間の肝移植の症例数は世界最多で約60例で、その成功率(生存率)は91.8%に達しているそうです。

国内の年間症例数が140前後ですから、そのうちの5割弱を担当され、全国平均の生存率である86.8%を超えているわけですから、すごいことですよね。

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2 笠原群生医師の専門である小児生体肝移植とは?

大人の臓器移植であれば、何となくイメージが湧きますよね。

重度の肝臓病を患って、もう、治療方法がない…という患者さんが、自分の体に合う臓器の提供者(ドナー)が現れるのを待って、ドナーが現れ次第、臓器移植の手術をする。

こんなイメージで、大きく間違えてはいませんね。

しかし、自分に合う臓器が見つかって、移植手術が成功したからといって「はい終わり」ではないのが移植の難しいところ。

型が合う臓器が見つかっても、「適合しやすい」というだけであって、もともとの体にとっては他人の肝臓が入ってくるわけで、異物なのです。

その結果、その体に入ってきた異物を排除しようと体が免疫反応を起こし、強力な拒絶反応が起こることもあります。

それを薬や放射線等を駆使して、拒絶反応に気をつけながらなじませて行くのが一般的な臓器移植です。

それに対して、今回の笠原先生が取り組まれている小児生体肝移植というのは、重篤な肝臓の病気を抱えている子供がいた場合に、そのご両親どちらかの肝臓の一部を切除して、お子さんに移植するというものです。

それ故に、笠原群生先生はこの小児生体肝移植で使われる親の肝臓のことを、「何としてでも助けたいという親の気持ちがつまった命のプレゼント」と表現されています。

これだけで、やじは泣けてきます。その情景が、目に浮かびますよね。。

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3 笠原群生医師の家族や子供は?

さて、こうやって一生懸命に仕事をされている方を見ると、やじは、どうしても

「プライベートはどうなんだろう?」

「家族との時間はどうなんだろう・・・」

「子供はいるのかな?」

なんて、いつも思ってしまいます。

特に、知り合いのお医者さんや看護師さんは、夜勤や急患などもあって、病院の徒歩圏内に居を構えて、学会などの出張も多くて、家族は大変だというお話を聞いているので、とても気になるんですよね。

調べてみた結果、奥さんと11歳のお嬢さん、3歳の息子さんがいらっしゃるそうですね。

群馬大学を出て、その後、京都大学で移植の実務を学ばれ、海外や国内で移植手術に没頭し・・という中で、ご自身のプライベートもしっかりと充実させていたんですね。

それでも、移植医療は移植後も拒絶反応などを注意深く見なくてはならないため、予断を許さない、気の抜けない現場ですよね。

ですから、どうしても夜勤があったり、想定外のことがあって時間通りに家に帰れなかったりと、色々なことがあると思うんです。

それでも、ご家族もそこは理解があって、しっかりと支えているんですね。とても素敵な家族の姿だと思います。

やじは、こういった職業をされている方を、本当に神のようだと思い尊敬しています。

今の時代、いかに早期リタイアして、お金持ちになって、楽しい人生を過ごすのか?というところに主眼を置く人が増えていると思うんです。

医師だって、笠原先生の年齢まで仕事を続ければ、もう、生活には困らないだけのお金は貯まっていると思います。

でも、あえて大変な医師の仕事を続けている。

これは、もうお金のためではなくて、自分のミッションというか、自分の使命感のようなもので動いていらっしゃいますよね。

本当に尊敬します。

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4 笠原群生医師の患者に対する言葉が感動的

プロフェッショナル仕事の流儀の予告CMで、笠原群生医師が患者の子供の手を握っているシーンがありました。

そのシーンは先生の横顔と、手と、子供の手しか見えなかったのですが、「僕が絶対に助けるからな、頑張れ。」と子供にメッセージを送ってるように見えました。

「家族にとって、笠原先生のように向き合ってくれるお医者さんの存在は、とても心強いはずだ」

「きっと、笠原先生に子供を助けられた家族の言葉がネット上にあるはずだ」

と思って探してみると、やっぱりありました。

私の娘、こころは、生後7か月の時、肝臓移植、というとても大きな
手術をしました

私の娘、こころが、生後2か月で、1万人に一人という、
確実に死を待つ病気だとわかり、
小さい小さい、まだ抱っこしていないと泣いてしまう
赤ちゃんのこころが、
検査一つ受けるのも、採血をするのも、ママから離されて
何人もの大人に囲まれて、動かないように固定され、
大声で怖いと泣いて訴えるのを、私はどうする事もできず、
しかも、日に日にどんどん衰弱していくこころを見ても、
どうする事もできない、それはこの世で
最大、一番に苦しい修行のようでした。

その緊張の連続の毎日を救ってくれたのは、移植外科医の笠原群生医師です。

「ママ、僕が、必ず元気にして返しますから」

高い、明るさを意識した先生の言葉を私は一生涯忘れません。

出典:ameblo.jp

これですよ、これ。

患者さんの家族が、お医者さんから言ってほしい、たった1つの言葉です。

でも、これを言ってくれるお医者さんって、とても少ないですよね。

最近では、何かあったときの訴訟を起こされるリスクなどを恐れて、こういった優しい言葉をかけてくれないお医者さんが増えた気がします。

病気になったときに、一番つらいのは本人であることは間違いないと思います。

でも、その患者さんの家族は、精神的にとーってもつらい思いをします。

特に、それが自分の子供であって、子供には何も非がないのにかかってしまった病気であったとしたら…。

その親の気持ちは、想像を絶するほど苦しいはずです。

そんな家族にとって、笠原先生は、神様のように映ること間違いなしですね。

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5 やじまとめ

医師の笠原群生さん、とても素晴らしいお医者さんでした。

これだけ高い臓器移植の成功率を持っている笠原先生ですが、9割の医療であるとお話しされています。

笠原先生は、お亡くなりになられた患者さんの写真を、ロッカーに貼っているそうです。

「成功率100%を目指す精進を続けなければならない。」

それを忘れないために、ロッカーに貼った、亡くなった患者さんの写真を見ているそうです。

以前に、小児集中医療医師の植田先生をプロフェッショナルで特集した回がありましたが、その植田先生も、亡くなった患者さんことだけは覚えているそうですね。

直った患者さんは、自分で自由に楽しく生きれればそれでいい。なくなってしまった患者さんの時間は、ここで止まってしまっていると仰っていました。

→植田先生のプロフェッショナル出演時の記事はこちら!

植田育也医師の結婚と子供が気になる!多忙でも趣味は多彩?【プロフェッショナル】

「笠原先生や、植田先生のような、こんなお医者さんが増えたらいいなー」

って、稚拙な言葉ですが、本当に心からそう思いますね。

これからも、一人でも多くの患者さんの命を救ってほしいと思います。

最後に、移植の領域にすすみたいと思っているお医者さんの卵の方々や、もっと笠原先生のお話を聞きたいという方のために、笠原先生の書籍をご紹介しておきます。

それでは、最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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6 番組終了後

番組内容のメモを残します。

ご家族について

海外出張のあと、帰らないことも多い
家族写真が、残されていた。
家では、11歳と3歳の子供の親
母の日は奥さんに手料理を振る前う

病院での毎日について

最低でも朝、昼、夜の3回は診察する
移植後の子供の小さな変化を見逃さない
子供にはめっぽう弱い
声がとても優しい
手術前、必ず部屋にこもって徹底的にシミュレーション
過去の手術の詳細が記されているノートを確認、徹底的に準備

生体肝移植手術について

健康なご両親と子供の2つの命を預かる
臓器移植は最終手段
やらないで元気になるなら、やらないほうが良い。
僕らの仕事は、責任が重いですよね。

やるのではない、やりきる

どんなリスクがおこるかということは、手術前に洗い出しておかなければならない
結果的にはとっても良かった。でも、その過程は外科医として反省すべき。
昨日できなかったことは、明日、明後日、できるように。1ミリでも良いから、成長するように。
昨日助けられなかった人を、自分が努力することによって、明日助けられた。どんなに苦しくても、これを一生懸命やると決めた。

ロッカールームで

助けられなくってごめんね
今日も一生懸命やるから力を貸してね

番組で出てきた患者さん

恭也君
劇症肝炎
病状が一気に悪化する一方、一気に良くなる可能性もある
移植するかしないか、難しい判断が求められる

しっかり元気にして返すから、大丈夫だから

ご両親に力強く、でも優しい口調で語りかける笠原先生。
ご両親は子供が病気になってしまったら、わらにもすがる思いで、自分が死んでも良いから助けたいと思うはず。相手が命がけで来ている以上、自分も命がけで行かないと。

お父さんの肝臓は持病の関係で使えない

お母さんは出産したばかりのため、肝臓に脂肪がついている。

肝臓に脂肪があると血管が詰まってしまう可能性がある

ドナーが現れるも、恭也君の優先順位は2番。子供だから肝臓の一部分だけでよいから譲ってもらえないかと交渉。交渉成立。

目的は1個、患者さんを元気にする。
チャンスがあるならばそれを追い求める。

手術成功、2か月後にはとても元気に。

郁子ちゃん

手術中に、スタッフに対して

「郁子ちゃん、助産師さんになりたいんだって知ってた?
助産師になってくれたら、一緒に働けるよな!」

郁子ちゃんは、小さい時に肝臓の病気に。
ご両親は、いつかは肝移植を念頭に置いてきた。
郁子ちゃんを助けたいというご両親の気持ちが、肝臓にも現れるんだと思います。

健康にとても気を遣っている、キレイな肝臓です。
お母さんの肝臓が入ることで、郁子ちゃんの夢がかなう。
愛のこもった命のプレゼントだと思います。
そのお手伝いをさせていただけるのが・・

手術中に、笠原医師がかけた音楽。

にじいろ 綾香

手術成功「郁子ちゃん、君は元気になるよ OK!」

手術後の子供たち

元気になって山登りに行けたよ
成人式を迎えられました
などなどの多くの手紙が

生涯にわたって投薬を続け感染症リスクを低減させなければならない

外来では、一人一人と会話をしながら、優しい言葉を投げかける

治療や手術に向き合う笠原医師

患者さんは家族だから、絶対に助けるよ
患者さんは家族
元気になった患者さんの成長を親御さんと一緒に見られる、こんな幸せなことはない

5年前に移植手術をされて方が亡くなった。
泣いていた。

笠原医師の過去と画期的な手術方法の開発

子供の頃は何をしても長続きしない、とりえのない子供。
2ろうの末、群馬大学。

1989年、日本初の生体肝移植成功のニュースを見た。
これは魔法だ。この魔法を使えるようになりたい。
人生で初めて夢中になって腕を上げていく。

手術が成功したにもかかわらず、その2日後に亡くなった子供がいた。

家族に胸ぐらをつかまれて怒鳴られた
「助けてくれるって言ったのに」
しょうがないとか、残念だねとか、そんなことはない。
自分の力が至らなくて、助けられなかったの1点。
小さな赤ちゃんに安全に移植する方法なないのか?
肝臓を薄く切り出す画期的な手法

本当に感動する回でした。

再放送は木曜深夜です!見逃した人は、どうぞ、お見逃しなく!!

では、失礼します。

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